Title: 法螺男爵旅土産 (Horadanshaku tabimiyage)
Author: 佐々木邦 (Sasaki Kuni)
Language: Japanese
Character set encoding: UTF-8
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[Pg 1]
法螺男爵旅土產
佐々木邦譯
暴風と胡瓜の樹の話
拙生の髯が丁年到逹の宣言をする以前、もつと碎いて申せば、最早子供でもなく、さりとて未だ大人でもない頃、拙生は世界觀光の渇望を口癖のやうに洩らしてゐた。
ところが待てば海路の日和とやらで、父はセイロン島への航海に拙生の隨伴を御許可になつた。
セイロン島には父の叔父に當る人が、知事[Pg 2]として最早長い事居る。
我等はホルランド王室の國書を奉戴してアムスターダムに纜を解いた。
此航海中一寸記載の價値あるのは暴風の起つた事である。
それが尋常一様の暴風でなく、我等が薪水を取込みに碇泊してゐた島の、高樹大木を根拔きにした。
啻に根拔にしたばかりでない。
其中には何噸といふ重量のがあつたけれど、其が風に攫はれて、果ては宛然空中に漂ふ小鳥の羽毛のやうに見えた。
少くとも海拔五哩の所に逹したのであらう。
そして暴風が止むか、止まないに、其木が夫れ〴〵舊の所に垂直に落ちて再び根を張るには拙生も一驚を喫した。
しかし一番大い[Pg 3]奴は空中に吹上げられた時、其枝に木訥な百姓の老夫婦が乗合せてゐた。
乗合せてゐたといふと馬車か何ぞのやうだが、實は胡瓜を把つてゐたのである。
世界も此地方になると日用の靑物は皆木に實つてゐる。
さて此夫婦の體量が幹の衡平を失はせたから、[Pg 4]大木は平たく地上に落ちて、折から通合せた島の首領を即座に壓殺して了つた。
首領は大木が屋根に落ちて、家ぐるみ潰されてはならぬと思ひ、少時戶外を徘徊して、大分木も降り止むだからと、今し庭園を通つての歸途に運好く腦天を打たれたのである。
此運好くといふ文字は聊か說明を要する。
といふのは此首領といふのは島一體の鼻摘みで、獨身者であつたが、其一人の貪慾と壓制の爲めに良民は殆んど食ふや食はずの憂き目を見てゐたのである。
此惡漢の捥取つた財貨は空しく倉の中で唸つてゐるのに、奪はれた貧乏人は飢寒に泣くといふ有樣であつた。
此暴君の[Pg 5]沒落は全く偶然であつたが、縱令怪我の功名にもせよ、兎に角壓制者を退治してくれたのだからと、人民は感恩の表示に胡瓜取夫婦を戴いて知事にした。
我等は此暴風中に被つた破損を修繕して、新知事及令夫人に別を吿げ、目的地に向つて順風に帆を揚げた。
それから約六週間にして我等はセイロン島に着き、其處で鄭重な歡迎を受けた。
次の珍奇な冒險は多少興味を惹くであらう。
獅子と鰐の話
[Pg 6]セイロン島に滯在する事二週間ばかりの後、或日拙生は知事の弟に連れられて、鐵砲打に出かけた。
巨大な湖が拙生の注目を惹いた。
其岸近く來ると、何か背後にガサ〳〵する音が聞えたと思つて、振返つて見ると、拙生は殆んど石化して了つた。
蓋し此場合恐らくは石化せぬ人はなからうと思ふ。
と申すは一疋の獅子が目に付いたのである。
明白に當方を目差して、拙生の蚊の脛のやうな體軀を以て食慾を滿たさうとして進むでまゐる。
それも當方の承諾を求めずに遂行しようといふのだから、恐れ入らざるを得ない。
此進退維谷に際して如何に處决す可きか?拙生は全然考慮の餘地[Pg 7]がなかつた。
拙生の鐵砲には白鳥彈が込めてあるばかり、其より大い彈丸は生憎にも何にも持合せがない。
しかし白鳥彈で此動物を殪し得ようとは思はなかつたが、兎に角砲聲で驚かせ、尙ほ多少怪我をさせてやれる位の見込はあつたから、先方が然る可き距離に來るのも待たず、拙生は火葢を切つて了つた。
砲聲は却つて動物の憤怒を增した。
彼は今や急に步を早めた。
全速力で近寄つて來るやうに見えた。
拙生は逃げようと思つたが、其は却つて心痛を增したに過ぎぬ。
といふのは振返り樣、拙生は拙生を呑込むために大口を開いた鰐と危うく鉢合せをする所であつた。
前に述べた通り右手は湖水である。
左手[Pg 8]は絕壁である。
落ちれば下は猛獸の巢窟だと後から聞いて承知した。
短言すれば、獅子は最早後脚で立上り、今にも掴蒐りさうにしてゐるから、最早生命は無いものと觀念して、拙生は恐懼の餘り、無意識的に其場に平伏した。
後から察するに、獅子は直ちに飛蒐つたに相違ない。
拙生は姑くの間言語に述べがたき心情で刻々猛獸の牙か爪が身體の何處にか當るだらうと待つてゐた。
數秒の間尙ほ腹這のまゝ待つと、熱烈且つ異樣な叫音を聞いた。
曾て拙生の耳を煩はした音響の中に、之に似寄つたものは一つもない、と其時は恐ろしくて無我夢中だつたが、後から然う思つた。
しかし事情を見れば、其も道理で、聲の出[Pg 9]所が分れば、諸君も夫れ然り豈夫れ然らざらんやと合點の行く事であらうと存ずる。
拙生は尙ほ少々聞耳を立てゝ、死ぬか生きるかと頭を擡げて、周圍を見廻すと、獅子は拙生に飛付く方に氣を取られた餘勢で、拙生が倒れた刹那、既に申した通り廣く開いた鰐[Pg 10]の口に飛込むだのである。
前者の頭は後者の喉に嵌り、此は其を吐出さう、彼は其を拔取らうで、轉々悶々してゐる。
之を見た拙生の歡喜は寔に何に例へやうもなかつた。
運好く拙生は腰に付けた獵刀を思出して、名刀の難有さ、唯一擊で獅子の頭を落した。
血が颯と迸つて、首のない死骸が、足元に蹣跚と倒れた時の心地の惡さ!次に拙生は獵銃の臺尻で、獅子の頭を鰐の喉に突込み突込み、到頭窒息させて鰐も殺して了つた。
彼は呑下す事も出來ず、吐き出す事も叶はなかつたのである。
斯くして拙生が二强敵を平げると間もなく、同伴の男が拙生を探しに來た。
拙生が彼の後を追はぬに心付いて、さては道[Pg 11]を踏違へたか、それとも何か變事が起つたかと、早速引返して來たとの事。
お互に成功を祝した後、拙生は鰐の身長を量つて見たら、丁度四十尺あつた。
深雪と高塔の話
拙生は冬の最中にロシヤの旅を思立つた。
旅人は口を揃へて、ドイツ北部ポーランド、コーアランド、リボニヤ等の道路險惡を言ふが、拙生は嚴寒なれば雪と氷で却つて道が容易だらうと考へたのである。
拙生は馬で出掛けた。
これが最簡便の旅[Pg 12]行法だと思つたので。
其中に夜陰と暗黑が追着いた。
村は一個も見えぬ。
地は一面に雪が降積むでゐる。
拙生は道は全く不案内である。
拙生は草臥れて馬から下りて、雪の上に現はれてゐた尖つた木の幹のやうなものに馬を繋いだ。
護身の爲めにピストルを腕の下に置いて一睡を貪つた。
能く眠つたものと見えて、覺めた時には最早日が昇つてゐた。
しかし氣が付いて見ると、拙生は村の中央の敎會堂の墓地に寢てゐる。
是には何とも言ひやうなく喫驚した。
そして尙ほ拙生の馬が見えぬ。
間もなく何處か上の方で、奴の嘶く聲がした。
思はず見上げると、更に仰天[Pg 13]した事には、會堂の高塔の上の風見に拙生の馬が手綱で繋いである。
事態は直ちに闡明した。
所謂大陸氣候の激變で、雪が解けるに從つて、拙生は熟睡の儘徐々と此會堂の墓地まで下りて來たのである。
昨夜暗黑紛れに木の幹と見て馬を繋いだのは實は會堂の高塔の風見であつた。
斯う次第が分れば面倒も何もない。
拙生は直樣ピストルを取出して、狙ひ定めて引金を引き、美事手綱を二つに絕ち、恙なく馬を下して時を移さず旅を續けた。
(流石の男爵も此處では大手稃をしてゐる。
長い間馬を餓えさせたのだから、飼葉を命じた位の事は言つて置く筈だと思ふ。
)
[Pg 14]
馬具に入つた狼
馬は拙生を乗せて能く走る。
ロシヤ内地に入つてから拙生は騎馬旅行は何うやら冬季の流行でないと合點した。
そこで常例に從つて其國の習慣を採用し、單馬橇を求め、ペテスブルヒを目がけて韋駄天驅りに進むだ。
イーストランドであつたか、ヂャゲマンランドであつたか、精しくは思出せないが、兎に角寂しい森の唯中だつたと記憶する。
拙生は恐ろしい狼の嚴冬の餓に驅られて、全速力で追つて來るのに氣がついた。
と思ふ間に狼は追着いたから、到底遁れる術はない。
拙生は唯機械[Pg 15]的に橇の中に平伏して、無上に馬を走らせた。
ところが間もなく拙生の願つた事で、而も此際到底出來ない相談だと諦めてゐた一事が起つた。
と申すは、狼は拙生には毫も目を吳れず、頭の上を跳越して、狂亂のやうに馬の尻に獅嚙付き、直ちに憐れむ可き動物の[Pg 16]臀部を搔毟つて肉を貪り始めた。
拙生は自分丈けは安全、最早見つかる氣遣なしと、窃に頭を擡げて樣子を覗つたが、既に狼が馬の腹部まで喰込むでゐるのには何とも名狀し難い恐ろしい心持がした。
頭の方まで喰貫いたのは其から良少時の事で、時分は好しと拙生は鞭の柄で懸命に狼を突いた。
此思がけない背面攻擊に狼は膽を潰して馬の死骸を筒拔け、到頭馬具の中に四合篏つて了つた。
同時に馬は摚乎と倒れる。
さあ拙生は必死になつて鞭を揮ひ、打つわ〳〵。
竟に拙生と狼は期せずして恙なくベテスブルヒに乗込むだ。
や、都人士の驚いたの驚かないのつて!
[Pg 17]
野豚と猪の話
僥倖は屢ば人間の錯誤を正す。
之に就いては拙生に特別な實例がある。
拙生は森の奧で野豚の牝牡を見つけた。
牝は牡の直ぐ後に跟いて走つて行く。
拙生の彈丸は外れたけれど、唯前方の奴が逃去つたばかりで、牝は地から生えたやうに、凝つとして立つてゐる。
事の次第を調べて見ると、後の奴は年寄で盲目で、引いて步いて貰ふ爲めに息子の尻尾に促つてゐたのである。
拙生の丸は二疋の間を通貫け、盲豚が啣へてゐた其導きの綱を絕ち切つて了つた。
そして案内者が一向引いてくれぬ[Pg 18]ものだから、彼女は當然默つて立止つてゐた。
そこで拙生は千切れた豚の尻尾を把り、年寄の豚を家まで引いて歸つた。
拙生に於ても何の面倒なく、豚の方でも素より盲目の事であるから拒みもせず恐れもせず。
野豚も恐ろしいが、尙ほ猛惡で危險なのは猪である。
其猪の一疋に或日拙生は運惡く森の中で行當つた。
攻守共に武具としては寸鐵をも帶びてゐない。
狂へる動物が拙生に橫打擊を喫はせようと狙つた刹那、拙生は樫の木の後に姿を匿した。
すると先生外しを喫つて、餘勢直ちに止り難く、樫の幹に牙を突通し、打擊を繰返す事も叶はず退く事もならず、唯地團太を踏[Pg 19]むでゐた。
『占めた〳〵、拙生にも量見があるぞ!』と拙生は矢庭に石を拾つて、何んな事があつても逃げられぬやう、拙生が近くの村から戾る迄待つてゐるやうに、敵の牙を折釘のやうに打曲げた。
それから拙生は悠然と村に歸り、繩と車を借りて引返し、美事先生を生捕にして家に戾つた。
雄鹿と櫻の木の話
諸君は獵師の守本尊セント・ハバートと森の中で彼に現はれたる角と角の間に十字架を立てた雄鹿の物語を定めて御承知であらう。
それは兎に角拙生は自ら目擊した珍話を紹介[Pg 20]致さう。
或日悉く彈丸を使盡した揚句に、はからずも拙生の面前に立派な雄鹿が現はれた。
恰も拙生の彈丸袋を取調べて其無一物を承知してゐるやうに、安心して拙生を打目戍つてゐる。
拙生は直ちに火藥を込め、泥棒を捕へて繩を綯ふやうに、急いで櫻坊を捥ぎ取り、一掴みを丸に代へた。
さて狙ひ定めて打放すと、其が鹿の額、角と角との間に命中し、彼は度膽を拔かれて蹣跚いたが、其儘疾風のやうに走去つた。
一二年の後拙生は其森で狩をしてゐると、角と角の間に十尺以上の櫻の木の生えた立派な雄鹿に出會つた。
拙生は忽ち先年の冒險を想起し、これなん先に取逃がしたる我獲物なれ、此處で會つたが百年[Pg 21]目、と唯一發で打倒し、一擧して腰肉と櫻漿に有付いた。
木は能く繁茂して、櫻坊が鈴實になつてゐた。
そして世の常の木の實よりも遙かに味が佳かつた。
熊と狼の話
日の光と拙生の火藥が、ポーランドの森の中で盡きて了つた。
拙生は家路に急ぐ途すがら、恐ろしい熊に跟けられた。
彼は疾走つて、大口を開いて、今にも拙生に躍り蒐らうとする。
ポッケットの中を隈なく探して見たが、素より火藥も彈丸もない。
唯大切の火打石が二個あるばかり。
進退谷つて拙生は其一個[Pg 22]を力委せに怪物の口に投込むと、其が喉に下りた。
苦しかつたと見えて彼は一寸橫を向いたから、此機を利用して拙生は第二の火打石を再び猛獸の口に投じたが、實に驚く可き大成功であつた。
第二の火打石は飛込みさま、第一の奴に胃袋の中で命中し、直ちに火を發して、熊は即座に破裂して了つた。
斯くて事もなく難を免れたが、いや、思出しても慄然とする。
拙生は再び無手で熊と戰ふ勇氣はない。
何うも何かの因緣と見える猛惡凶暴の動物は恰かも本能によつて其を承知してゐるやうに、拙生が武器を持たぬ時に限つて襲つて來る。
此傳で或日拙生は見るから獰惡な相をし[Pg 23]た狼に襲はれた。
餘り急で既に餘り近く來てゐるから拙生は唯機械的本能に從ひ、拙生の拳を相手の裂けた口に突込む外道がなかつた。
安全の爲め拙生は無暗と突込むで、竟に拙生の腕が狼の肩の邊まで入つた。
しかし如何にして狼から離れようか?斯う間の拔けた姿勢をして、何時までも狼と顏を見交してゐるのは甚だ不愉快でならなかつた。
さりとて若し腕を引拔けば彼は憤怒舊に倍して飛蒐つて來るだらう。
是は其凄い眼に明白に讀まれる。
短言すれば拙生は狼の尻尾を捉へ、靴下を脫ぐやうに、力委せに裏返しにして、漸く猛獸と緣を切り、地面に叩き付けて、其儘歸つて來た。
[Pg 24]
男爵の駿馬の話
所はリスアニヤに於ける伯爵ブルゾボスキイの別莊。
拙生は應接間で貴婦人連と茶を飮むでゐた。
紳士連は養馬所から來たばかりの良種の若馬を見に下りて行つた。
すると突然あれよ〳〵と喧しい聲が聞えた。
拙生は階段を驅下りて出て見ると、馬は荒狂つて、人を乗せる所か、寄せつけさうにもない。
勇膽の騎手まで血の氣を失つて、手を出せずにゐる。
失望は總ての人の顏色に讀まれた。
其時拙生少しも騷がず、飜然駻馬に跨つて、先づ其荒膽を挫ぎ、拙生練逹の曲乗を試みながら、さしもの[Pg 25]氣性者を溫和從順に慣らし込むだ。
尙ほ貴婦人連に合點行かせ、無益の恐怖を一掃するやうに、拙生は開放つた食堂の窓から、一鞭加へて室内に乗込み、其中を何遍となく或は並足或は駈足或は高足で乗廻し、最後に食卓の上に乗上り、一間と二間の長方形の上[Pg 26]で、今迄の曲藝を更に小規模に繰返へさせた。
さあ、貴婦人連がやんやと喝采するのしないのつて!馬は眞に巧者なもので、コップ一つ覆へさなかつた。
是が爲めに拙生の聲價頓に上騰し、殊に伯爵は驚嘆して、常例の鄭重な態度で、此若い馬を貴下に贈呈する、何卒御笑納あつて、近々發足す可きミウニッヒ伯の率ゐるトルコ遠征軍に投じ、願くは撼天動地の功名手柄を立て給へ、と强つての懇情。
そこで拙生は一隊の騎兵を從へ、幾度か遠征に上り、兵を操る事縦橫無礙、人を殺す事草の如く、遂げたる勲功は當然拙生の計算に入る可きものであるが、勇敢なる部下の努力も亦决して閑却すべからざるものと信ずる。
[Pg 27]殊に拙生が先頭に立つて、土耳古軍をオクザコーに追込むだ時の如きは、いやはや顏の溫るやうな激戰であつた。
拙生のリスアニアンは駿馬の事であるから、追擊に際しては拙生が何時も先登である。
其日も然うで、敵が後門から逃げるのを見て、拙生は部下を集める爲めに、市場に止るのを策の得たものと思つた。
そこで拙生は止つたが、市場には騎兵の影も見えぬ。
彼等は他の町を走つてゐるのであらうか?何か事變が起つたのか?兎に角遠くは離れてゐまい、その中に拙生の許に追着くだらう、と思ひながら、拙生は喘ぐリスアニアンを市場の泉に水のませた。
彼は法外に飮む、泉を飮干さねば止[Pg 28]まぬといふ勢で飮む。
しかし最早部下の者が見えさうなものと振返つた時には其も道理だと思つた。
拙生の馬の胴から後方―即ち尻と後脚が、恰も銳利なる刄物で切取られたやうに紛失してゐる。
飮むだ水は直ぐに後方へ拔ける。
是では何程飮むでも身の養ひにならぬ。
何うして此樣な事になつたかは、彼を伴つて市の正門に戾る迄は全く五里霧中であつた。
此處で拙生は思當つた―先に逃げる敵を追ひながら無暗と此門に突入した時、敵は拙生の知らぬ間に扉を下したものと見える。
其扉といふのは、底に大釘が列を爲して植ゑてあつて、萬一の時には上から下して敵の侵入を防ぐ仕掛になつてゐる。
彼の[Pg 29]際敵が拙生を入れまいとして急に下した刹那、馬の臀部を切去つたので、現に門外には拙生の愛馬の胴から下が、ピクリ〳〵してゐた。
拙生は早速獸醫を呼むで、未だ溫い中に兩方を繼合せて貰ひ、纔に償ひ難い損失を免れた。
彼は手近にあつた桂の木の小枝と新芽で繼目を縫つてくれた。
傷は間もなく療つたが、同時に桂の小枝が馬の身體に根を張り、枝を伸ばし、追々葉が繁り花が咲き、お蔭を以て拙生は其後の遠征は暑さ知らずであつた。
トルコ豆と月の話
[Pg 30]拙生と雖も連戰連勝といふ譯には行かなかつた。
或時は衆寡敵せず生擒の憂目に遭ひ、殊に不遇な事には奴隷に賣られた。
尤も捕虜の賣買はトルコの習慣である。
(男爵は後に皇帝の寵愛を被つた)此屈辱の狀態に於て、拙生每日の勞役は、身體に骨の折れる事でなく、寧ろ單調退屈の仕事であつた。
其は每朝皇帝の蜜蜂を牧場に追ひ、一日見守をして、日の暮れる迄に再び箱巢に追戾す事であつた。
或夕暮、拙生は蜜蜂を一疋見失つたが、氣がつけば二疋の熊が蜜を取る爲めに其蜂を潰さうとしてゐる。
拙生は銀の手斧の外に何も武器を持たなかつた。
此銀の手斧は皇帝の庭師又は農夫の表章なので。
拙生は熊を目[Pg 31]蒐けて件の手斧を投げた。
唯追剝を追拂つて、蜂さへ助ければ可いといふ思惑だつたので。
が、拙生の腕の運の惡い振り加減で、斧は飛むで止らず、上へ上へと昇つて行つて、竟には月に逹した。
さあ奈何して取戾したものか?と其處で拙生は肝膽を碎いた。
斯ういふ事が胸に浮むだ――トルコ豆といふ奴は大層生長が早いのみならず、驚く可き高さに逹するといふ。
拙生は時を移さず一本のトルコ豆を植ゑた。
其が生長してから拙生は其梢を三日月の角に結付けた。
斯う仕掛が出來た上は、殘る所は月まで登つて行くばかりである。
そして是も見事に成功した。
月の世界は何も彼も銀色で光つてゐるから、同じ色の[Pg 32]手斧を探すのはナカ〳〵小面倒の仕事であつた。
が、しかし拙生は苦心の甲斐あつて、竟に籾殻や藁屑の積むである所で大切の手斧を見付けた。
さて今度は月の世界から人間の世界へ歸るのである。
けれど驚いたのは、太陽の光が既に拙生の豆を枯らした事で、最早全く拙生を下す用に堪へない。
そこで拙生は働き始め、例の藁屑を拾つて出來る丈け丈夫な出來る丈け長い繩を綯つた。
之を月の角に結び付け、追々下の方へ辷り下りる。
拙生は左の手で聢と繩を捉へ、右の手に手斧を持ち、繩の不用になつた部分を切つて下に繋ぐ。
即ち一里降りれば、上の方の一里は切取つて足の下に繋ぐといふ安排で、ど[Pg 33]うやらかうやら大分下の方まで來たが、いくら同じ事を繰返しても、何しろ距離が距離だから、容易に皇帝の畑へ着かない。
もう五六里といふ所で、繩がフツリと切れ、拙生は目の廻るやうな速度で地下に落ちて氣絕した。
此處で地下に落ちたといふ言葉を味つて貰ひたい。
普通なら地上に落ちたと書くのだが、其では事實を傳へ兼ねる。
といふのは何がさて、五六里上から落ちたのだから、身體の重味と落ちた勢で、少くとも深さ九尋ばかりの穴が明いた。
その穴の底で拙生は生氣に返つたのであるが、如何して這上つて可いか少時は勘辨に落ちなかつた。
しかし拙生は苦し紛れに爪を用ゐて先づ坂を作り、次いで段々を拵[Pg 34]へ、實に千辛萬苦の後に、漸く這上つて再び此世の光に觸れた時は、まあその嬉しかつた事といつたら!(男爵の爪は當時四十年も切らずに置いた末で充分伸びてゐた。
尤も斯ういふ事があらうと豫期して然う伸ばした譯でもないといふ。
)
氷つた音樂の話
間もなくトルコとの和議が成り、拙生は自由の身となつてペテスブルヒを後にした。
拙生は立場立場で馬を替へ、大急ぎの旅をした。
狹い一本道に差しかゝつたから、他の馬車が此細道で行當らぬやうにと、拙生は御者に命じて合圖のラッパを[Pg 35]吹かせた。
彼は一生懸命に吹いた。
しかし何程力むでも効は無い。
彼は奈何してもラッパを鳴らす事が出來なかつた。
何故鳴らぬか、理由は分らなかつたが、兎に角生憎な事で、少時すると拙生の馬車は向ふから來る馬車と行當つた。
お互に進む事は無論ならぬ。
さりとて前述の通りの細道だから、車を向け返す事は叶はず、隨つて退く事も出來なかつた。
此時拙生は馬車から下りて、これでも少しは力があるから、馬車一式を飴屋のやうに頭に乗せ、高さ九尺ばかりの生垣を飄と飛び越して、(馬車の重量から言つても、此藝當は少々骨が折れた。
畑に入り、再び飛むで道を塞げた馬車の向ふへと出た。
次に拙生は馬を取り[Pg 36]に行つた。
一疋を頭の上に乗せ、一疋を左の腕に抱へ、前と同じ方法で馬車まで持つて行き、喰付けて、旅程最終の宿屋に急いだ。
此の拙生が腋の下に抱へた方の馬は未だ四歲にならぬ氣の荒い奴で、拙生が再び生垣を飛越さうとする時、其急激の動搖を可厭がつて、蹴たり鼻を鳴らしたりして荒れるには拙生も持餘した。
しかし拙生は其後脚を捉へてポッケットの中へ入れて了つた。
宿屋に着いてから拙生と御者は暫時休息した。
彼はラッパを臺所の火の側の釘に吊るし、拙生は其對側に坐つた。
急にテレン〳〵テン〳〵といふ音が聞えた。
我等は周圍を[Pg 37]見廻して、さてこそと先刻御者がラッパを鳴らし得なかつた理由が讀めた。
彼の曲はラッパの中で氷つたのだ!其が今解けて出て來たのだ!事理明晰、而も此御者はナカ〳〵の音樂家である。
それで奴さんラッパに口を當てがひもせずに長い間一同を樂ませた。
プロシヤ進行曲が出る、『野越え山越え谷越えて』が出る、其他種々の曲が出て、竟に氷釋音樂は終を吿げた。
拙生も此處でロシヤ旅行談は一段落とする。
鯨と軍艦の話
拙生は第一等の英國軍艦大砲百門乗組員四百人といふの[Pg 38]に乗つて、北アメリカに向ひポーツマスを出發した。
セントローレンス川へ三百リーグといふ所に着くまでは、別に話題になるやうな事も起らなかつた。
其時に船は恐ろしい勢で岩に突中つた。
拙生等は多分岩だらうと思つたが、鉛線を下して見ても底に屆かぬ。
三百尋下したが更に手答はなかつた。
此事件を尙ほ重大にし、且つ拙生等の見當のつき兼ねたのは、其震動の烈しかつた事で、船は舵を失ひ、斜桅を破り、檣は悉く頂上から底まで折れ、二本は甲板の上に倒れた。
運惡く大帆索を卷きに上つてゐた水兵は少くとも船から三リーグの所に跳飛ばされたが、壽命の强い男と見えて、大きな鷗の尻尾に捉つて生[Pg 39]命拾ひをした。
鷗は何も彼も心得てゐるといつたやうに、件の男を連れて船に急ぎ、以前跳飛された所に置いて行つた。
震動の烈しかつた實例を尙一つ擧げれば、甲板と甲板の間にゐた水兵は上の床に打付けられた位、拙生の頭の如きは垂直に胃袋に押込まれて、舊の狀態に歸るまでには數ヶ月かゝつた。
此理由の分らぬ騷動に拙生等は且は驚き且は恐れ、呆然自失してゐると、大きな鯨の尻尾が現はれたので、渙然として百事氷釋した。
鯨は水面十六尺以内の所で日向ぼつこをして眠つてゐたのである。
ところを拙生共の船が邪魔をしたから腹を立てたものと見える。
拙生共は通過ぎる途端に、舵で其鼻を引搔[Pg 40]いた。
そこで彼は尾を掉つて、船尾から後甲板一帶を打ち、殆んど同時に、例の通り下してあつた大帆索の碇を把り、口に啣へて船を引いた儘、一時間二十リーグの速力で、少くとも六十リーグ走つた末、幸ひ鎖が切れて、拙生共は一時に鯨と鎖を失つたのである。
しかしながら數月の後、ヨーロッパへの歸途、拙生共は同じ場所から數リーグの所で、其鯨の死んで浮いてゐるのを見つけた。
身長は一哩半以上、斯うした巨大ものは極く小部分しか取入れる事が叶はぬから、拙生等は短艇を下し、漸くの事で頭を切取つたらば、例の碇と鎖が四十リーグ許り、口中の左側、丁度舌の下で蜷局を卷いてゐた。
是には一同大喜悅で[Pg 41]あつた。
(多分是が鯨の死因であつたらう。
舌の其側は甚く腫上つて、焮衝を起してゐた。
以上は此航海中に起つた唯一の土產ばなしである。
いや、尙ほ言ひ殘した事が一つある。
鯨が船を引いて走る途中船が洩り始めて、ポンプが總出になつて働いても、入つて來る水の方が多かつた。
が、仕合せな事には第一に其を發見したのは拙生である。
直徑一尺大の穴で、此大軍艦が其勇敢なる乗組員諸共、唯拙生の頓智によつて沈沒を免れたといつたら、諸君は拙生の得意を少しは察する事が出來るであらう。
一言すれば、拙生は其穴の上に坐つたのである。
これも拙生の祖先が和蘭陀人から下つたといふ事を御承知なら、諸君[Pg 42]は成ある程と感嘆致すであらう。
坐つてゐた間はナカ〳〵冷かつたが、間もなく大工が修繕を加へて、拙生の務を解いて吳れた。
譯者曰く、是は男爵が次の名高い話を引合に洒落たのであるが、其話を知らぬ人には聊か樂屋落の嫌がある。
よつて其話の筋を左に、
和蘭陀は海を敵とする國、海より低い土地が多いから、堤防を築いて水を堰止める。
が、浪は屢ば此堤防を破つて、人畜を殺し家屋を流す。
或夕暮男の子が堤防に小穴の明いたのに氣がついた。
水が滴々と洩つてゐる。
彼は堤防の大切な事[Pg 43]を聞いて承知してゐた。
直ぐに家に走つて父に吿げようかと思つたが、父が驅付ける迄には日が暮れる、穴が見つからなくなるかも知れぬ、或は其間に穴が大きくなるかも知れぬ、と思返して、其子は其處に坐つて穴を押へた儘、一夜を明かした。
朝になつて人々が其と心づき、直ちに修繕を加へ、一少年のお蔭で一地方が洪水を免れたといふ。
大魚の話
拙生は或時地中海で、奇な事から一命を殞す所であつた。
其は夏の日の午後で、拙生はマルセーユ附近の心持よい海で[Pg 44]游泳をしてゐた。
すると巨大な魚が大口を開て、非常な速力で拙生に向つて來るのを見た。
咄嗟の事で、避ける間も如何する間もない。
拙生は直ちに足を縮め手を縮め首を縮め、生れたての子のやうに、出來る丈け身體を小くして、其儘大魚の喉に躍込み、次いで胃の腑に到着した。
そこで少時は眞暗黑の中に凝つとしてゐた。
暖くて居心が好かつたらうつて?いや、諸君のお察しの通りだ。
しかし拙生は考へた――斯う文字通りに魚腹に葬られて了つては仕方ない、何うにかして出なければならぬ。
それには痛い目を見せたら、大魚も拙生を持餘して竟には吐出すであらう。
運動する餘地は充分あつたから、拙生はデ[Pg 45]ングリカヘシを打つ、トンボガヘリを爲る、高飛幅飛宙返りといふ風に一生懸命で惡戯をした。
殊に英國踊をやりながら足を早目に踏むのが一番利けたと見え、其を始めると間もなく、彼は時々拙生を吐出しさうにする。
拙生は此處を先途と踊跳ねる。
竟に彼は[Pg 46]恐ろしい聲を立てゝ水中に直立し、頭から肩へ掛けて身體を水面に露出した。
其をイタリヤ商船の人々が見つけて進み寄り、數分の後に、大魚は銛で仕止められた。
魚が甲板の上に引上げられてから間もなく、拙生は、一番澤山油を取るには何處から切つたら可からうかと、外で人々の相談してゐる聲を聞付けた。
拙生はイタリヤ語が解るから、魚を切る拍子に刄物が拙生に當つては大變と實に氣が氣でなかつた。
動物の胃袋の廣さは十二三人の大男を收容するに足る。
彼等は無論端の方から切始めるだらうと思つて、拙生は胃袋の眞中に立つてゐたが、拙生の恐怖は間もなく消失せた。
彼等は下腹から切り始め[Pg 47]た。
切口から光線が差すや否や、拙生は最早窒息しさうだから早く助けて吳れと呶鳴つた。
何しろ魚が人間のやうな聲を立てたといふので、彼等の驚愕の性質及び程度は何程棒大に書いても眞相を傳へる事が出來ぬ。
そして裸體の拙生が直立したなり魚の腹部から步き出した時には、彼等の喫驚は尙ほ一層であつた。
一言すれば拙生は一部始終を唯今諸君に話す通り彼等に話したのである。
彼等は呆れ返つて水を含むだやうに默つて聽いてゐた。
食物で元氣をつけて、拙生は再び海に飛込むで身體を淸めた。
ぬら〳〵して生ぐさくて氣持の惡かつた事!
それから岸[Pg 48]に游ぎ着いたらば、着物は以前置いた所にあつた。
時計を出して見ると、拙生は少くとも四時間半魚の腹の中にゐた勘定になる。
ヂブラルター包圍の話
先頃のヂブラルター包圍の間に拙生はロドニー卿引率の御用船に乗つて親友エリオット將軍に會ひに行つた。
其後同將軍はヂブラルターを守つた功勞により、永久に凋まぬ桂の冠を得た。
拙生は將軍に伴はれて、守備の情勢視察並に敵軍の作戰見物に出かけた。
拙生はロンドンのドルランドで求めた[Pg 49]最上の望遠鏡を携帶してゐた。
其力を借りて拙生は敵が拙生等の立つてゐる所を狙つて三十六舊砲を發射しようとしてゐるのを確めた。
そこで將軍に拙生の見た所を吿げると、將軍も望遠鏡を覗いて、全く貴下の觀察通りぢやといふ。
拙生は將軍の許可を得て、近傍の砲臺から四十七臼砲を取寄せるやうに命じ、長い間砲術の硏究をしてゐる難有さは、巧みに据付を終つて狙ひを定めた。
拙生は眤つと先方の樣子を覗つてゐたが、敵が其臼砲の火門に燐寸を置くと同時に、『打て!』と一聲信號を發した。
此方の臼砲と先方の臼砲との殆んど中途ぐらゐの所で、雙[Pg 50]方の彈丸は猛烈な勢で行當つた。
結果は實に驚く可きもので、見る〳〵先方の砲丸は恐ろしい勢で退却を始め、發砲した男の頭を跳ね飛ばし、行當り次第に十有餘人を殪して、對岸アフリカ洲のバーバリーに逹した。
バーバリーに屆いた頃は、既に一列に並むでゐた軍艦の檣を三本迄も貫通して、大分力が拔けてゐたから、纔かに一日傭取の小屋の屋根を貫き、折から口を開いて晝寢をしてゐた其老妻の無け無しの齒を二三本碎いて、竟に其喉頭に止つた。
間もなく亭主が歸つて來て、丸を拔取らうとしたが、迚も駄目なので、㮶杖を用ゐて胃に押落して了つた。
拙生等の砲彈は實に偉大の功を奏した。
啻に敵彈を跳[Pg 51]返したのみならず、拙生共を狙擊した臼砲を拂退けて荷倉に落ち込み、力餘つて船底を貫いた。
船は見る間に浸水して、乗組の西班牙水兵一千、並に多數の陸兵と共に底の藻屑となつて了つた。
是は寔に異例の功績である。
然りと雖も、拙生は一個に此勲功を私しない。
拙生の判斷が主動であつたが、僥倖も亦與つて力がある。
後に聞く所によれば、我が四十九臼砲を發射した砲手は、何かの考へ違ひで二倍の火藥を塡めたといふ。
全く然うでゞもなければ、敵彈を彈き返す等といふ豫想外の成功は决して收められるものでない。
此獨得なる勞役の効果を嘉みし、將軍は將來拙生を重く用[Pg 52]ゐたいといふ事であつたが、拙生は何も彼も固辭して、其夕將校一同と共に晩餐の食卓に就いた時、唯鄭重なる感謝の辭だけを受けた。
海馬の話
拙生の有名な石投は父から直接に受繼いだものである。
是に就いて拙生は父から次の物語を聞いた事がある。
父は例の石投をポッケットに入れてハーウイッチの海岸を散步してゐた。
一哩とは行かぬ中に彼は海馬といふ恐ろしい動物に襲はれた。
大口を開いて勢猛に飛びかゝつたといふ。
[Pg 53]彼は一寸度膽を拔かれたが、直ちに百ヤード許り退き、石を二個拾ふ爲めに屈むだ。
素より海岸の事だから石は澤山ある。
彼は石投に込めるより早く動物を目蒐けて投げ付けた處、狙ひ違はず兩方の眼に中り、玉が飛出た拍子に、石は其跡に聢乎と嵌り込むだ。
そ[Pg 54]こで彼は其動物に跨つて海に乗込む。
海馬は眼を失ふと同時に其猛惡の性質を失つて、極めて從順になつたといふ。
父は例の石投絲を手綱として動物の口に宛行ひ、譯もなく海を渡り、三時間とは立たぬ中に、約三十リーグの對岸に着いた。
ホルランド、ヘルベツルイスの三盃の君、此海馬を公衆の縦覽に供したいとて强つての懇望。
そこで父は七百ダカット即ち三千圓に値賣をして、翌日御用船でハーウイツチに歸つて來た。
鰕の木の話
拙生は父が海馬に乗つて英國海峽を橫切り、ホルランドへ[Pg 55]行つた旅の中の極く重要な部分を話し落した。
間違のないやうに父の言葉を借りてお話しよう。
父は此話を幾度となく友人に話し、其都度拙生は承つたから、確かなものである。
で、次に拙生とあるは父の事である。
ヘルベツルイスに到着した時、拙生は呼吸づかひが苦しく見えたさうだ。
如何した譯かと土地の人々が訊くから、實は拙生のハーウイッチから乗つて參つた動物は、泳いで來たのではないと答へた。
彼等の特性として、彼等は水面に浮ぶ事も泳ぐ事も出來ぬ。
彼等は岸から岸まで海底の砂の上を千萬の魚類を愕かして、話しても虛のやうな速力で走る。
其魚類の大部[Pg 56]分は尻尾の尖端に頭がついてゐるといふ工合で、拙生の懇意にしてゐた魚とは大分形狀を異にしてゐる。
拙生は高さアルプス山脈と伯仲の間にある岩脈を通過した。
此海底山脈の最高所は水面から百尋以上との事である。
山腹到る處、大樹喬木生ひ茂り、鰕蟹帆立貝を始めとして其他ありとあらゆる海產物が枝を絞つて實つてゐる。
其中には唯一個で、車は愚か牛車にも積み兼ねるやうな大物がある。
漁師の手に掛つて魚市場へ出るのは極めて劣等の種類で、正に波落といふ可き代物である。
果樹園の果物の風に吹き落されたものを風落と呼び、蟲に喰ひ落されたものを蟲落と稱するが如く、此海產林に波が[Pg 57]中つて枝から振ひ落したものを波落といふ。
田螺類は蔓木で、蠣の木の下に生える。
恰も蔦が樫の木に卷付くやうに蠣の木に絡むで、田螺は零餘子のやうに實つてゐる。
拙生は處々で破船の結果を見た。
其中に水面から三尋ばかりの岩山に突當つて沈沒した船があつた。
沈む時船側が下になつて、其處に生えてゐた鰕の木を根拔にしたと見える。
其は春で未だ鰕が靑い頃であつた。
激しい震動の爲めに、實は枝を離れて、直ぐ下に生えてゐた蟹の木の枝に落ちた。
そこで植物の花粉のやうに蟹の實に結合して、蟹ともつかず鰕ともつかぬ一種異樣の魚になつた。
拙生は參考の爲めに一疋持つて行かうと思つたが、荷[Pg 58]厄介になる上に、拙生の海中ペガサスは頻りに急ぎ、苟くも旅を後れさせるやうな事は絕對的に拒むやうに見えたから、不本意ながら斷念した。
且つ當時は殆んど旅程の中間に逹し、深さ五百尋の一岩山を走つてゐて、空氣の缺乏をソロ〳〵苦しく感じ始めたから、餘計な仕事に手間を取る氣も出なかつた。
のみならず拙生の立場は何の方面から見ても甚だ不愉快であつた。
拙生は幾多の大魚に出會つた。
其の開いた口によつて察するに、彼等は拙生を呑む事が出來るばかりでなく、確かに呑込む積りと見えた。
拙生のロジナンテは盲目であるから、拙生は苦しい中にも氣をつけて此種の動物を警戒せねばなら[Pg 59]なかつたのである。
ペガサスはベラーオホンの乗つた翼のある駿馬、ロジナンテはドンキホーテの愛馬である。
白熊の話
我等はキヤプテン、フイリップ(今はマルグレーヴ卿)の北極探險旅行を皆承知してゐる。
拙生は士官としてゞなく、私友としてキヤプテンに同行した。
北緯大に迫つた時、拙生は先のヂブラルターの冒險の節紹介した望遠鏡を以て周圍の風物を瞻望してゐた。
すると拙生[Pg 60]は半リーグばかりの彼方に、船の檣よりも尙ほ高い氷山の上で、白熊と白熊の喧嘩をしてゐるのを見付けた。
で、拙生は早速銃を把つて肩に引つ擔ぎ、氷の山を登り始めた。
頂上に逹した時は表面の凹凸啻ならず、動物に近寄る事は困難であつたばかりか、言はん方なく危險であつた。
時には底も知れぬ隙目が道を妨げる。
其樣な場合には目を瞑つて飛越す外に術がなかつた。
時には表面が鏡のやうに滑かで、步くよりは辷る方が多かつた。
彈丸の屆く近くに來て見ると、熊は咬合でなく、巫山戯合つてゐたのである。
拙生は少時は其毛皮の價値を胸算用してゐた。
各々肥えた雄牛位の大さである。
不幸にして銃を差出[Pg 61]す刹那、拙生は右の足を踏辷らせて、仰向樣に顚覆つた。
正氣に返つた時には既に述べたる此怪物の一疋が、拙生に覆重なり、拙生のズボンの帶革を捉み、足は前、頭は後といふ風に、拙生を鞄吊げに吊げて行く所であつたから、其驚愕は察して貰ひたい。
拙生此時少しも騷がず、上着のポッケットから短刀を把るより早く、拔く手も見せずに熊の後足をちよきつと切ると、指が三本ばらりと落ちた。
彼は立所に拙生を放して、聞くも恐ろしく咆え猛つた。
拙生は直ちに銃を把つて逃げて行く所を打つと、丸は急所を誤たず、さしもの猛獸も即座に殪れた。
さて銃の響が半哩以内に眠つてゐた白熊を悉く起した。
今や彼等は[Pg 62]擧つて拙生の許に集つた。
眞に咄嗟の間である。
能く進退谷る男だといふかも知れぬが、拙生は全く進退谷る所であつた。
しかし恰も善し、此時拙生の腦細胞に仕合せな奇智が湧上つた。
拙生は常人が兎を剝ぐ時間の半分で、死んだ白熊の皮を剝ぎ、手早く其中に身を匿し、熊の頭から頭巾のやうに敵を覗いた。
拙生の計畫は自家防衞の上に大成功であつた。
彼等は皆鼻をクスン〳〵いはせて拙生を嗅ぎ廻し、明白に拙生を兄弟分と心得てゐる。
拙生は又努めて猫背になつて、事の露顯を防がうとした。
然しながら拙生は此熊の大部分は拙生よりも小いといふ事に氣がついた。
彼等は拙生を凝視し、次に拙生に皮を剝[Pg 63]がれた朋輩の死骸を凝視してから、我等は極めて社交的に見えた。
拙生は巧みに彼等の動作を熊眞似小眞似する事が出來たから、大に羽振が利いたのでもあらうが、唸る事哮える事相撲を取る事にかけては、彼等は何うしても拙生の先輩であつた。
時に拙生は[Pg 64]斯くして彼等の間に作つた信用を如何にして利用すべきかと考へ始めた。
脊柱の傷は直ちに人を殺すといふ。
是は豫ねて老軍醫から聞いた事である。
で、拙生は一つ此說を試驗して見る氣になつて、再び短刀に手を掛け、遊び戯れる風をしながら、一番大きな奴の首筋をぐさりと刺した。
――尤も仕損じた日には、彼は直ちに飛び掛つて、拙生も微塵に裂くだらうとしか思へぬから、いや拙生の心痛は實に一通りや二通りでなかつた。
が彼が少しも音を立てずに拙生の足下に殪れた時は實に嬉しかつた。
そこで拙生は味を占めて、同じ方法によつて一疋殘らず殺す[Pg 65]決心をして、些細の困難もなく成功した。
彼等は同輩が拙生の手の觸る每に殪れても、一向に原因も結果も疑はなかつた。
敵が悉く拙生の前に殪れた時、拙生は第二のサムソンになつたやうな心持がした。
其から後の事を簡單に辻褄つければ、拙生は船に戾つて船員の三分の一を借り、手傳つて貰つて革を剝ぎ、腿を甲板に搬むだ。
何分大人數の事であるから、此仕事は三十分ばかりで片付いた。
他の部分は悉皆海に棄てゝ了つたが、然る可き仕舞をつければ腿同樣食料になつた事拙生の毫も疑を容れぬ所である。
[Pg 66]サムソンは舊約全書の人物、剛力の名あり。
捕虜を救ひたる話
拙生はヂブラルターから歸つて、英國に行く爲めにフランスを通つた。
外國人の事であるから、所謂旅の耻は搔き棄てゞ、別段の不都合にも出合なかつた。
カレーの港で拙生は、戰爭で捕虜になつた英國水兵を乗せて到着したばかりの船を見た。
拙生は直ちに此勇敢なる軍人に自由を與へてやりたいといふ義俠心を起し、次の如くにして美事成功した。
先づ長さ四十ヤード幅十四ヤードといふ大きな翼を一對[Pg 67]拵へて、拙生は萬象未だ夢から覺めぬ朝ぼらけ、否、甲板上の番兵までが眠つてゐる頃に、大空高く舞ひ上つた。
次に船の上に舞ひ下つて、鉤を使つて例の石投の絲を三本檣の頂點に結付け、船體を水面數ヤードの所に引上げてドーバーを指して海峽を舞ひ始め、三十分にして無事到着した。
最早此上は翼の用もないから、其は其儘ドーバーの城主に獻上した。
今まで彼の地の博物館に參考品として殘つてゐる。
ドーバーへ行つたら是非見て來給へ。
捕虜及び其を護送してゐた佛國軍人は、ドーバーへ着いてから二時間に垂んとする迄目を覺まさなかつた。
英人は事情[Pg 68]を知るや否や、直ちに佛人と地位を替へ、且つ捕獲された物品を取戾した。
彼等は寛大であるから進むで報復的に新捕虜の所有物を掠めるやうな事はしなかつた。
獵犬トレイの話
拙生は船長ハミルトンと共に東印度諸島へ航海中、トレイといふ愛犬を連れてゐた。
彼は嗅犬で决して拙生を欺いた事がないから、下世話で申す土一升金一升、體重丈けを貴金で拂ふからといはれても、手放し難い尤物であつた。
或日我等の觀察によれば陸地から少くとも三百リーグの所で、トレイは獲[Pg 69]物を嗅付けた。
拙生は驚愕の餘り、殆んど一時間といふもの、彼の樣子を見守つて、船長並に乗組の船員に拙生の愛犬が獲物を嗅付けた以上は、既に陸地は近いのだらうと、事の次第を話して聞かせた。
此話は一同の大笑を買つたが、笑はれたからといつて、拙生のトレイに對する信用は秋毫も變らぬ。
押問答の末、拙生は此船の船員全體の眼よりもトレイの鼻に信用を置くと大膽に言放ち、尙ほ進むでは、若し半時間の中に獲物が見付からぬやうなら、拙生は船賃丈けの金額、即ち百ギニイを進呈すると申出た。
船長は人の好い男で、唯笑ふばかりで本氣にしない。
そして船醫のクローホート君に賴むで拙生の脈を見[Pg 70]させた。
クローホート君は賴まれなくても職分上是非一應診察せねばならぬといふ意氣込で、拙生の脈を計つたが、拙生の健康に異狀のない事を明言した。
次の會話が船長と船醫の間に行はれた。
低い聲で而も少々離れてゐたが、拙生には聞取る事が出來た。
『精神に異狀があるのでせう。
私は本氣で此樣な賭をする氣になれない。
』『いゝえ私の見立では頭は健全なものです。
矢張り此船の船員の判斷よりは犬の嗅覺に重きを置いてゐるのでせう。
賭を行るといふなら行つた方が宜いぢやありませんか。
先方が負けるに定つてゐます。
又負けるのが當然です。
』『いや先[Pg 71]方が負けるに定つてゐるから、私は二の足を踏むのです。
斯う結果が目に見えて居ちや賭になりませんからな。
兎に角後で金を返す事にして一番驚かしてやらう。
』
此樣な談話の中にも、獵犬は同じ姿勢をしてゐるから、拙生は尙更氣が强くなつて、再び賭を促すと、今度は先方も應じた。
『宜しい。
』『宜いとも。
』が雙方の間に交換されるかされないに、艫に繫いだ短艇に乗つて釣をしてゐた水夫共が、巨大な鯊を銛に掛けた。
引上げて油を取る積りで切開くと、どうも驚く、此動物の胃袋の中に生きてる鷓鴣が六對までゐた。
彼等の胃の腑の中に餘程長い間ゐたと見える。
一羽の牝鳥[Pg 72]は卵を四個抱いてゐた。
尙ほ一つの卵は鯊を開いた時には丁度孵る所であつた。
雛鳥は其から數分前に生れた猫の子と一緖にして育てた。
親猫は自分の四つ足の子と同樣に、別け隔てなく此鳥の子を可愛がつたが、其が舞上つてナカ〳〵歸つて來ない時には、見る目も氣の毒のやうに心配さうであつた。
他の牝鳥も絕えず一羽以上は巢について、船長の食卓には鷓鴣の絕える事がなかつた。
拙生はトレイのお蔭で美事百ギニー儲けたから、其のお禮として彼には每日骨を振舞ひ、時には鳥を總身遣る事にした。
[Pg 73]
月世界旅行談
拙生が銀の手斧を探して一度月の世界へ行つた事は、既に諸君御承知の通りである。
其後拙生はもつと愉快な方法で再び同地へ旅行し、姑く滯在の間に種々面白い觀察をした。
今次に其の槪略を拙生の記憶が許すだけ精確にお話して見たい。
拙生は遠い親類の者の依賴によつて、探險航海の途に上つた。
其の親類といふのは頗る妙な空想を抱いてゐた。
彼の信ずる所によると、ガリバーの大人國にあるやうな巨大な人間は必ず此世界にあるといふのであつた。
拙生は自分の意見では[Pg 74]大人國は作り話だと定めてゐたが、彼は拙生に財產を讓つてくれたから、其恩報じの爲めに、探險を引受けて南海に向つた。
南海に着いても別に珍奇なものは見當らなかつたが、空中に跳背戯や、舞踏をしてゐる幾群かの翼ある男女に出會つた。
キヤプテン、クックがオマイを連れ出したといふオタハイテ島を過ぎてから十八日の後、暴風が起つて拙生共の船を少くとも海拔四千リーグの所に吹上げた。
拙生共は當分其の高さに碇を下してゐると、又も大風が吹起つて帆といふ帆を悉く孕ませ、我等は目の廻るやうな速力で旅を續けた。
斯くして進む事六週間の後、竟に拙生共は丸い光つてゐる島のやうな[Pg 75]一陸地を發見した。
そこで便利のいゝ港に入り、次いで上陸し、間もなく人の住むでゐる事を確めた。
拙生共の下には都會山脈森林川海等を持つた地球が見えた。
多分拙生共の後にして來た此世界だらうといふ鑑定であつた。
此處で拙生共は頭の三個ある非常に大きい禿鷹に乗つた人々を見た。
此鳥の巨大さは、翼の片一方の幅が拙生共の乗つてゐた六百噸の船の大帆索の長さの六倍あると申したら、大體の見當が付くだらうと思ふ。
我等が此世界で馬に乗るやうに、月世界(既に拙生共は知らぬ間に月世界に入つてゐたのである。
)の住民は皆此鳥に乗つて步く。
拙生共の謁見仰せ付かつた帝王は、當時太陽と戰[Pg 76]爭最中で、拙生を是非司令官に任用したいとの仰せであつたが、拙生は同伴もある事だし、事情に通じてゐないから、只管陛下の有難い思召を御辭退申上げた。
月の世界では凡百の物が法外に巨大い。
一例を申せば蚤が羊ぐらゐある。
いや、羊よりも少々大きからうか。
兎に角其樣な工合だから、他は皆以て類推する事が出來るであらう。
戰爭に當つて主なる武噐は大根である。
大根を投槍として用ゐ、あれで負傷すると即死するといふ話だ。
彼等の楯は蕈類で出來てゐる。
投槍は大根の無い時節には石刀柏の先端の方を代用するさうだ。
此處では天狼星の住民を見る事が出來た。
彼等は商業の民で彼地此方と漂泊す[Pg 77]る。
顏は犬に似て眼は鼻の頂上にあるが、眼瞼といふものがない。
しかし眠る時には舌を伸ばして眼を塞ぐといふ。
身長普通二十尺、月世界の住民に至つては尙ほずつと大きく、三十六尺以下は矮小の部類に入る。
彼等は人間とは呼ばれてゐない。
料理動物といふ[Pg 78]名である。
即ち動物ではあるが、普通の動物と異つて、我等のやうに火を用ゐて食物を料理する。
而も彼等は食事の爲めに時間を潰さない。
料理が濟むと左の腹を開いて一時に悉皆塡め込み、次の月の食事の日までは其儘固く閉ぢて置く。
彼等は年に十二回、即ち月に一度以上は食事を取らぬ。
大食家や食道樂を除いては、此方法が簡便で好からうと思ふ。
此料理動物には一性しかない。
彼等は皆木から生れる。
料理動物を生む木は他の木よりも美しい。
枝が眞直で葉は肉色を帶びてゐるから、一見して區別が付く。
實は胡桃の類で、長さ少くとも一ヤードの堅牢な殼の中に入つてゐる。
熟し始めると[Pg 79]色が變るから知れる。
其を極めて丁寧に收穫して、適宜の時間貯へて置く。
此胡桃の種を生かさうと思ふ時には、湯の煑たぎつた大釜の中へ投り込む。
數時間茹でると、殼が蜆のやうに口を開いて、中から料理動物が飛出す。
造化は眞に妙巧で、生れぬ前から彼等の心性に從つて其職業を定めて置く。
即ち第一の殼からは軍人が生れ、第二の殼からは哲學者が生れ、第三の殼からは神が生れ、第四の殼からは辯護士が生れ、第五の殼からは百姓、第六の殼からは田舎漢、第七の殼からは盜賊といふ風で、彼等は生れると直ぐに、既に理論で承知してゐる所を實行に依つて完成に取かゝる。
[Pg 80]年が寄つても彼等は死なぬ。
空氣に化して煙のやうに解けて了ふ。
飮料としては何物も用ゐない。
手には唯一本の指があるばかり、而も此指を用ゐて我等が五指を動かすよりも完全な仕事をする。
彼等の頭は右の腕の下にある。
旅行をしたり荒い仕事をしたりする時は、頭だけ家へ置いて來るのが通例である。
といふのは遠方にゐても隨時頭と相談する事が出來る、是は家常茶番の事である。
若し月人中高貴の者共が平民社會の出來事を知りたいと思ふ時には、家に引籠つてゐて、頭だけを派遣する。
彼等の頭は人の目につかぬやうに、何處にでも居る事が叶ふから、充分事情を觀察して歸つて來られる。
[Pg 81]此國の葡萄玉は宛然雹のやうである。
月の世界に大風が起つて葡萄の蔓を震ひ、玉を落す時には、拙生は何時も大恐悦、丁度人間の世界に雹の降るやうな光景である。
所で拙生は拙生と同意見の諸君にお勸め致すが、今度雹の降つた時には貯へて置いて、月世界の葡萄酒を造つて見たら宜からう。
尙ほ重要な見聞を話し落した。
其は料理動物が我等が袋を使ふやうに腹を利用する事である。
何でも必要があると腹の中に仕舞ひ込む。
其といふのも胃袋同樣に彼等の腹部は開閉自在なのである。
而して彼等の間には内臓病といふものがない。
又着物は一切用ゐない。
丸裸でゐるけれど、見苦しい所とては一箇所も[Pg 82]ない。
彼等の眼は自由自在に取外しが出來る。
之を手の先に付けても頭と同樣に物を見る事が出來る。
若し何かの過失で眼を失つたり損じたりすると、他人から借用も出來、買入も出來、自分の眼と異る所なく明瞭と物を見る事が出來る。
斯ういふ次第だから、月の世界では何の地方へ行つても目商人が至つて多い。
そして又此品物に限つて流行がある。
或時は黃眼が流行り、或時は綠眼が流行る。
以上の見聞は諸君には耳新しい事と信ずる。
しかしながら、若しマンチヨーゼン奴、好い加減なちやらつぽこを言つてゐ[Pg 83]る等と疑を起す人があるならば、拙生は何とも言はぬ、唯一度彼の地へ旅行して實地踏査をするが宜い。
百聞一見に若かずで必ずや拙生の言葉に懸價のない事が分るであらう。
法螺男爵旅土產終
明治四十二年三月卅一日印刷 法螺男爵旅土產
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明治四十二年四月五日發行 定價金貳拾五錢
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著作者 佐々木邦
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不 許 發行者 山縣文夫
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東京府下北豐島郡巢鴨町
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大字上駒込十九番地
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複 製 印刷者 藤本兼吉
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東京市牛込區市ケ谷加賀町 |
一丁目十二番地
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印刷所 株式會社 秀英舎第一工場
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東京市牛込區市ケ谷加賀町
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一丁目十二番地
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發行所 東京巢鴨郵便區上駒込山縣邸内 内外出版協会
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電話(長距離加入)下谷四百三十八番
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(振替貯金口座東京三百五十五番)
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Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)
誤植と思われる箇所は以下の通り訂正した。
原文 世の常(p.21)
訂正 世の常
原文 投じ(p.26)
訂正 投じ
原文 小枝と新芽(p.29)
訂正 小枝と新芽
原文 惡戯をした(p. 45)
訂正 惡戯をした。
●文字・フォーマット・その他に関する補足
本文の前に「はしがき」が二頁にわたって書かれていたが、字がかすれて判読できず、割愛せざるをえなかった。
原文の爵の字は「嚼」から「口」をのぞいたもの。
また節の字は「卽」に竹冠。
p. 43 「拙生は或時地中海で……」の段落は一字字下げした。